将来価値のある企業の無形資産を、どのように経営に活かせばよいか。成功している企業を参考にコラムを掲載しています。至らない点も多いのでフィードバックいただければ幸いです。

 

市場優位性を知財のちら見せでアピール

グロース市場に上場しているスパイダープラス社(東京)の株が9月、ストップ高となった。背景には、特許取得のプレスリリースを含むIR(インベスター・リレーションズ=投資家向け広報活動)の公開があると関係者は分析している。その効果は数十億円以上といわれている。

2021年6月、上場企業は知財への投資について自社の経営戦略・課題との整合性を認識し、具体的に情報を開示・提供すべきであることに加え、経営資源の配分や事業ポートフォリオ(商品構成)に関する戦略の実行が企業の持続的な成長に資するよう、取締役会が実効的に監督すべきであることが盛り込まれた。いわゆるコーポレートガバナンス・コード(企業統治原則)の改訂である。

これにより、知財の先進的な試みを行う企業が投資家に知財を「チラ見せ」することで市場への優位性を示す事例も見られるようになった。知財のチラ見せは上場企業でも試みが始まったばかりだが、中小零細企業でも企業価値を社会に認識してもらうために活用することができるだろうか。

上場企業であれば、株主に対して上述のような説明ができるが、非上場の場合はその舞台がない。このテーマは我々知財専門家の課題であるが、一つ確実にいえることがある。それは、企業が他人に見せられる情報と見られたくない情報を整理できていることが前提ということである。

「オープン・クローズ戦略」ともいわれる、この戦略を検討すると、どの情報が自社の鍵となり、どの情報が市場を魅了するのかを企業が明確に認識できる。重要な情報を他人に漏らさないでアピールできるという効果のみならず、経営者自身がオンリーワンの技術を意識し、持続可能な成長戦略を描けることもある。

特許は、世界中に存在しない発明でないと取得ができない。そして、そのオンリーワン特許技術の持続的な成長が「いつかはナンバーワンになれるのではないか」といった前向きな経営者のグローバル意識を生み出すことを筆者は経験している。

知財活動は市場などへの外的なアピールのみではなく、内的な自社の特徴・個性に目覚め、グローバルを目指す意志を生み出す起点としても有効である。(2023年10月 宮崎日日新聞掲載記事)

知的財産が担保になる時代が来る!?

2年前、ある地方の食品製造会社が買収されることになった。この会社が所有する食品加工用の機械が売却されることになり、金額は300万円。しかし、その機械は、通常の従業員では、年間2000万円弱の売上を生み出すところ、その会社の特別な技術を有する従業員が操作すると年間1億円のキャッシュを生み出す。結局、その機械は300万円で売却されたが、売却側の経営者であれば、この機械に従業員のノウハウを加味して、もっと高く売却することができたなら、と考えるのではないだろうか。

 10月、不動産等の有形資産のみならず、無形資産を評価することで中小企業やスタートアップにマネーを供給することを政府が検討していることが報じられた(令和4年10月19日:日本経済新聞)。金融庁が、従来のような不動産のような有形資産の担保だけではなく、技術力や知的財産も担保にできる新法を検討し始めたのである。似たような事例として、農業分野における地銀の活動では、和牛などを担保にして融資する「動産担保融資」に取り組む事例もある。

 例えば、宮崎のような中小企業が多い県は、自身の技術力で融資が受けられる時代が果たして到来するのであろうか。これからの無形資産担保に期待したいが、そもそも、担保とする無形資産を、経営者自身は認識できているのであろうか?それは、中小企業に限った問題ではない。上場企業でも同様である。

 例えば、企業が、特許や意匠等の知的財産権を有していれば、それらは無形資産と捉えることができるであろう。しかし、単に、特許等の権利を持っているだけでは、定性的な情報が得られるだけで、定量的な金額に示される価値を測ることは困難である。と言うのは、その企業が、ある特許技術を有しているという事実のみで、市場価値との関連は見えてこない。

無形資産である知財は、そのままでは、いくら儲けているの?という答えには、答えられないからである。そこで、特許等の技術と市場ニーズとの関わりを調べないことには、無形資産を定量的に認識することはできないのである。

 現在、市場に敏感な証券会社等の金融機関と、特許を取り扱う知財専門家の連携が始まっている。特許庁も知財金融という言葉の浸透に力を注いでいる。市場を捉えている金融機関の目で、特許等の知財をバリュエーションし、中小企業の事業価値を評価することができるのである。

従来より、大企業のエンジニアは、自身に負わされたノルマで定期的に特許出願し、市場との結びつきが必ずしもあるとはいえない休眠特許を生み出していた現実が日本にはある。しかし、中小零細企業の特許は、その企業のコア技術であり、市場競争力が高い技術の権利を取得されている場合が多い。この中小企業の特許に対する市場に対する評価が充分に行われれば、財務基盤が必ずしも強くない企業が、非財務的な観点である技術力が示す本来的な価値評価に繋がるではないだろうか。例えば、宮崎のような地方では、農業分野、畜産分野において、既に充分な技術力、ノウハウ、営業秘密を有する中小企業も数多い。無形資産を見える化し、市場の評価を検討して、金融機関とともにスタートアップ、中小企業の活性化を期待したい。(2023年10月 宮崎日日新聞掲載記事)

地方の知財を都会へライセンス

約10年前、宮崎市の発明家浜元氏が特許公報を持ってやってきた。自転車のギアに関する特許を大手自転車製造会社に郵送したが、採用されるには至らず「何か手はないか」という相談だった。

 その後、浜元氏自身の努力と私のわずかながらの支援で、都内の大手小売企業とライセンス契約を締結。九州イオンの各店舗で販売されるようになった。その商品とは、電気を使わず推進力が得られる「FREE POWER(フリーパワー)」である。

 浜元氏は社会保険労務士を営む方で自転車の素人だったが、持参した図面には彼がデッサンした美しい自転車のギアが書かれていた。この発想は世界で自分だけのものであり、自分で商品化するという強い思いが成功を導いたといえる。

 これは地方のアイデアが都会の企業に買われた知財マッチングの好例であり、私はこの状況を地方から都会へのアイデアの「輸出」と呼んでいる。

 一方、川崎氏の上場企業が使用していない休眠特許を中小企業にライセンスする「川崎モデル」と呼ばれる知財マッチングがある。こちらは都会のアイデアが地方の企業に買われる手法であり、地方にとってはアイデアの「輸入」となる。

 このモデルは本県を含む全国の信用金庫などが採用し、成果も報告されているが、地方はアイデアの「輸出」に力を入れるのが本来の姿ではないだろうか。筆者の経験上、都会より地方の方が核心をついたアイデアが浮かびやすい分野も多い。革新的な発想が会議室より現場で生まれるのは自然なことだろう。

 オープン・イノベーションの時代といわれる。組織の外部から技術やアイデアを積極的に用いて市場ニーズに応えるサービスや商品を提供していくことを意味するが、「中小零細企業に必要なのか」と問われることがある。この質問はむしろ逆で、アイデア創造、製造、販路開拓の全てを1社で担うことができない中小零細企業こそがオープン・イノベーションの生態系といえるだろう。

 いまこそ中小零細企業の時代ともいえる。経費を必要としないアイデア、知の創出は、地方でも十分戦える強力なツール。まずはゆっくり休んで、ご自身がワクワクする発明を週末にでも考えてみてはいかがだろうか。 (2023年11月 宮崎日日新聞掲載記事)